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まったり(仮)

なんでも結構です。フリートーク気味によろしくお願いします。
議題が出てきたらタイトル変えます。

あ、そうそう本門の本尊の件、11/18以降に書きます。筆不精ですみません。これはここでの議題ではありません(笑)
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コメント

こんにちは。

はじめまして。
5chの創価・公明板で投稿していた、しがない名無しの者です。学会三世で過去に活動経験あり、現在は全くの非活で、組織から離れて10年くらい経っています。
鯛焼きさんのブログを読んで色々と思うところがあり、5chでシニフィエさんの成り済まし問題についてボロクソに言ってました。
その後5chには珍しい?真面目なアンチの方と議論になり、その中でシニフィエさんや鯛焼きさんへの印象も当初と変わる所もあったり、自分にとっての創価学会という存在について考える機会となりました。ちなみに5chでも鯛焼きさんへの批判も書いちゃいました。すみません。
議論を進めるにあたって何度も何度もこのブログを訪れていたので、現状鯛焼きマニアみたいな状態になっております(笑)
そのやり取りも終わってしまい、まだ考えたり書いたりしたい事が残っているのですが、これ以上5chでやるのは無理かなと思ってここへ来ました。
もし差し支えなければ投稿を続けさせて下さい。よろしくお願いいたします。

Re: こんにちは。

コメントどうもありがとうございます!

どうぞご自由に投稿ください。
時間が取れない場合もありますが、どうぞよろしくお願いします。

ありがとうございます。この場をお借りして考えている事などを書かせて頂きます。
その前に、もう少し詳しい自己紹介というか、背景を書いてみます。
先に書いたように、私は10年来の完全な非活で、普段は外部の人と全く変わらない生活をしています。違いといえば家に仏壇と御本尊がある事と、ポストに聖教新聞が入ってる事くらいだと思います。
なので、いつもは創価学会の事を深く考えてるわけでもなく、一社会人として仕事と家庭の事を考えながら暮らしてます。
しかし、子供の頃から30年以上学会員として生きてきた為か、ふと創価の事について考えたり、思いを馳せるような時期があるんですね。今回鯛焼きさんのブログを読んだのも、そういう周期の中での出会いでした。
そしてお二人のやり取りを読んだわけなんですが、鯛焼きさんの主張の中の「対話ブログの体験は本当で、聖教新聞の体験談は信用に値しないとなぜ言えるのか?」という質問にまず共感しました。以前から対話ブログを読んでいて私が違和感を感じていた部分の1つがそこだったからです。
というのも、私は完全非活ですが聖教新聞の体験談だけは愛読していて、妻(外部) に悟られないように天井を見上げてうるうるしている事もあったりします。また活動家時代、会合で体験発表を聞くのも大好きでした。それを、まるで嘘で固めたまやかしのように言われる事への反発があったのだと思います。

何だかとりとめない自分語りみたいになってますが、私がお二人のやり取りに興味を抱いたのはそんな事からでした。
まったりというタイトルに甘えて少しずつ書かせて頂きます。まとまってなくてすみません。

また、私は過去に1度だけ対話ブログにコメントを送った事がありました。
今思うと、その聖教新聞の体験談の事や、学会員が功徳というニンジンをぶら下げられて選挙活動をしているといった極論に疑問を呈したかったのだと思うのですが、そこに至る前にコメントは削除されました。
最初は意味がわからず混乱しましたが、どうやら自分が「成り済まし」と認定された為に投稿を消されたのだとわかりました。もちろん私は成り済ましでもないし、嘘などまったくついていません。
その時は、貴重な休日を無駄な事に使ったなくらいにしか思ってなかったんですが、お二人のやり取りを読んで「おいおい」と思いました。人を成り済ましのウンコタレ扱いしといて自分は平然とやってたわけ?と。
そんな経緯もあり、バイアスのかかった状態で5chにシニフィエさんの批判を書いていたわけです。最初の印象では、鯛焼きさんを言い負かせなかったからスレを消したとしか思えなかったし、そのくせそれがアップされたら成り済ましで逆襲しようとするってなんちゅうオッサンだと思いましたからね。
また明日以降、今自分の考えてる事をなるべく整理して書きたいと思います。

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。
ひとまず、どんどんお書きください。よろしくお願いします。

こんばんは。昨日の続きです。
5chに書き込んでいる最初のうちは、成り済ましは許されないという正義のもとに、シニフィエさんの卑怯な行為を糺している気になっていました。
しばらくして、おてもやんさんが対話ブログで成り済ましについて直接忠言をされるという事がありました。高みを目指しているから容認できませんと明確に言われているのを読んで、信念を貫く姿に感心するとともに、自分も他人を攻撃して喜んでいないで、少しはその姿勢を見習わないといけないと反省しました。
その後、鯛焼きさんが創価の悪い所を知っててすっとぼける悪党(ご本人のブログにこんな事をそのまま書くのは非常識ですね。ごめんなさい)なので、そんな相手には成り済ましするくらい何の問題もないと主張されるアンチの方と議論になり、結果としては平行線のまま終了した。という所までが状況説明となります。
そのやり取りを簡潔にまとめるのは難しいのですが、それはここで書きたい本題ではなく、議論の中で自分が気づいた事、またそこから考えた事について、鯛焼きさんや他の方にも意見をお聞きできればと思ったのです。
次こそ本題に入れればいいのですが、今日はここまでしか書く時間がありませんでした。

No title

思うところがあり、もう少し書かせて頂きます。
鯛焼きさんが「本部職員」や「アルバイトで雇われたネット工作員」という憶測は、直接本人に問いかけてから判断すべしと思います。
聞いたところで証明にはならないかもしれませんが、少なからず陰で印象操作のようなことをするのはフェアじゃないと思いましたので。

一方で私もchでかなり中傷されましたが、それも「ネット工作員の仕業」に他ならないと言われたことがあります。

私は以前書いていたアンチブログを自分で削除して、今のブログ(9ヵ月ほどになる)では創価の批判など全く書いていません。
むしろやりたい人にはエールを送り、一部のアンチに疑問を投げかけているくらいで、本部に恨まれるようなことは何もしていない。
書いているのは、創価とは無関係のただの個人的なボヤキです。
なのに創価板のchで延々と「男に飢えた雌豚」だの「人の家庭を壊すのが好き」だの、中傷を最近まで書き続けられました。

まあ誰かはわからないけど暇な人がおもしろ半分で書いたんでしょうが、これがなんで本部の工作員?
何の影響力もない、ただのコモノ主婦を、巨大組織がお金をかけてビジネスの相手にする?

何でも工作員に見えて、工作員となると目の色が変わる人って何だろう?
今は誰だってネットくらい見るし、本部の人だって当然見るだろうし(見ない方が不気味ですよ)書き込みくらいするでしょう。
それがそんなに脅威なことかなあ?

私は的外れなことを言ってるのかもしれないけど、わからないことはわからないと言いたいし、疑問に思うことは素直に問いたいだけなんです。
変なボヤキですいません(__)

PS:梵我一如さん、コメントを読んで頂きありがとうございました。

ストロングスタイル

いやぁ、鯛焼きさん、シニフィエさんとよく対話したね。凄いよ。

なんなん?びっくりする印象操作。
事実誤認。面倒クセー。マジ面倒クセー。

創価のインチキも霞むわ〜。

あ、ごめん、インチキって言って。
つい、本音が。(笑)

あちらでコメントやめようと思ったけど、
インチキはイカン。 
ストロングスタイルで行ってきます(笑)

楽しんでください。ハグレ国際軍団、
突撃〜!

本題行きます。大きく分けて2点になると思いますが、まず1つめです。
シニフィエさんがスレを消したのは、自分が大切にしていた友人とのエピソードを鯛焼きさんに「空論」と言われた事に対する怒りや悲しみからだった。という見方について考えてみました。
彼のそれまでの態度は、相手を言い負かしたいという勝他の念に満ちているばかりか、鯛焼きさんをいびるような底意地の悪さすら感じさせるものであったので、そんなやり取りが続く中でそこだけ純粋に怒るのは身勝手過ぎだろうとも感じました。しかしその感情だけは、十分に理解できるものでした。

信仰や組織から離れた身の私が未だに体験談に心をうたれるのは、この信心はすごい力があるという事にではなく、人が自分の弱さや厳しい環境を乗り越える姿を美しく思うし、そこに寄り添い励ます人たちの真心を尊いと思うからです。
私のような半端者ですらそうなんですから、現場で格闘している鯛焼きさんならば尚更それらの思いは強い事だと推察します。
そうであれば、鯛焼きさんとシニフィエさんは立場こそ真逆ですが、大切にしているもの、軽んじられて怒りを覚えるものは、実は同じ性質のものなんではないでしょうか。
そしてそれが見えなくなってしまう原因は、相手を言い負かしたり議論に勝とうという気持ちにあるのではないでしょうか。

私自身も、シニフィエさんへの批判をする中で対話ブログの人たちを「シニフィエ教だ」「シニフィエ丸の乗組員」などと揶揄していました。あの場所が彼らにとって再び立ち上がる為に大切な場所であり、そこでのやり取りによって癒されたり励まされたりしていること。
そこに思いが至らなかった私は、アンチの方に議論の冒頭で言われたように、やはり鈍感であったと思います。

Re: タイトルなし

様々コメントくださりありがとうございます。
ひとまず。1点目についての私の見解を書かせてください。

確かに、シニフィエさんが友人とのエピソードを持ちだし、それを私が空論と否定したがため、ブログを削除したという見方も成り立つかも知れません。

ですが、私はやはりそうは思いません。
というのも、私が、彼の友人の話を否定したあと、彼は再度冷静にやり取りをしているからです。

そして、
>2018年7月27日 11:52
>鯛焼きさん、あなた単なるネット流民のかまってちゃんですよね。
というコメントを書かれたので、

2018/07/27 17:31付けで
私から対話を申込ましたので、私のほうからやめます、と言えば「大本営発表」となってしまいます(笑)対話継続を希望する信者さんも少ないようですし、本心はおつかれで対話をやめたいようですから、シニフィエさんのほうで「対話終了」みたいに書いてもらったほうがいいと思います。

と反論したところで、速攻でブログを消されたんですね(笑)

もろに感情的になって消されたのが瞬時で分かりました。

もちろん伏線として「友人の話を否定された」ことを根に持った、というのは否定しませんが、私はそれは間接的な動機で、あとから都合の良い脳内変換をなされたのだと解釈しております。

ともあれ、勝手にスレッドを削除した行為そのものは、私からしてみればとても看過できることではありません。

いくら友人の話を否定されようが「対話」なのですから、であれば、私が否定したという論を、逆にシニフィエさんは正々堂々と私が納得できるまで対話すべきだったと思ってます。

おはようございます

こちらこそ、お忙しい中つらつら垂れ流しのような投稿を読んで頂きありがとうございます。
やはり当事者であったり鯛焼きさんから意見をお聞きするのは有難いなと思います。今までずっと「こうなの?ああなの?」と想像しながら読んでいたし、シニフィエさんの投稿がとにかく長いのでめちゃくちゃ大変でした。
大変ですが、ご指摘の点に気をつけながらもう一度読んで考えてみます。

Re: ストロングスタイル

ストロングスタイルで、ガンガンと語ってきてください。

メイウェザーVS天心が流れた今、視聴率が取れるのは、、、

梵vsシニフィエのおっさん対決です!(笑)

おっさんじゃね〜!

確かにオッサンだけど、

昨日小学生の女の子に
お兄さんて言ってもらったぞ!

間違えたんだと思うけど。

多分すぐ退散すると思うわ。(笑)

Re: No title

ネットは便利な反面、イヤな面も多々ありますね。何事もそうでしょうけど。

自説の都合によって、工作員にしたり、そうでなかったり。

そんなレッテル張りなどせずに、もっと勉強して「言論」で納得させればいいのに、と思ってしまいます。

>変なボヤキですいません(__)

いえいえ、ボヤキではなくド正論だと思います。
また思うことありましたらコメントしてくださいませ!

Re: おっさんじゃね〜!

でも、あれほどシニフィエさんからラブコールを送られるって珍しいのでは?

梵兄さんのことが好きなんですよ、きっと(笑)

私なんか一発でスレ削除で、なおかつ出禁ですからね。

まあ私としては、シニフィエさんは大聖人をも否定しているお方ですので、ここはまず正統派で「仏とは・・・!」と納得させてあげてください。楽しみにしてますよ!

サクッと終了。

師匠こんばんは~。

大将が宜しく言っとりました。

全然関係ない話なんだけど
創価の元職員三人組みたいな、執行部が池田氏の意に反していると言う考え方の人についてどう思う?

tsさんにも聞いてみたい。

私の感想。我見。

シニフィエ童話の扉をこじ開けた
ボンさん。
勇気に驚愕。

そもそも、鯛焼き汁男優?が、

いや、すまぬニダ。
いやらしい意味は無いので、、、。
すみません。
https://youtu.be/qLvpKif2IRE

800万こうがしゃ?のブログに
ドンキホーテよろしく、
挑むのは、凄い!尊い!
disりコメントになるのを恐れますが、

あんたぁーわ、偉い! by小松政夫。

駄文コメント失礼しました by電線マン。

三人組の件

 特殊学会員のレッテル貼りはいい迷惑ですよ、、、。(笑い)

 入信したタイミングが世間からボロクソ叩かれたときとか、当時からアンチ宗教の思考を持っていた背景がそうさせているだけですよ、、、。

 男子部副本、壮年副支部までの責任職でいろいろな地区に派遣されましたが、会合に参加されない未活非活の方や、未来部の激励とかを主戦場として発心された方も多く、それなりに現場の幹部からは一応感謝されている人材なんです。(笑い)

 さて三人組の件ですが、信濃町の中は末端の私どもには知らない世界ですから、そこそこ名の知れた幹部の言動とか出てたので、野次馬的な思いで始めは興味深く拝見しておりました。(笑い)

 ただ自分たちの活動資金が会員から集めていると知ってから、創価純粋培養のつぶしがきかない典型的なダメ職員だなあというのが、正直な感想です、、、。

 忠言耳に逆らうほどのことを、会長に直言するなら辞表届を胸にそれなりの覚悟をもってないと、、、、。

 失職して法的手段で訴えるなんて覚悟の底の浅さが如実に表れているなあと思いました。新たな分派組織を作ったとしても近い将来瓦解してしまうだろうと予測しております、、、。

 安保法制の是非、師弟関係、内部改革の有様、違う意見に対しての組織の器量、名誉会長職の中枢に対しての権限の有無など、多岐に渡るテーマになるので、質問の意図をもう少し絞っていただければと思います。

 蓮のカーテンの中のことですから、想像でお答えすることしかできませんが、三人組の安保法制の問題提議は、公明支援に関わる事なので賛成の立場からお話しできると思います、、、。

 創価の欺瞞を抱いている梵我一如さんにとっては、そこ以外の所をツッコミたいのではと想像しておりますが、、、。

鯛焼きさんこんばんは。遅くなりましたが、該当箇所を中心に再読しました。
改めて思ったのは、シニフィエさんは何というか、かなり不安定な人なんだろうなという事です。
友人とのエピソードを紹介してそれを鯛焼きさんに軽んじられた直後のコメントで「もう終わりにしませんか」と書いているので、やはりそこは彼にとって引き金になったのではと思います。
しかし、そのエピソード紹介の直前のコメントでは、鯛焼きさんの「友人の悩み」への問いに対して、本当にこれでもかというくらいバカにしきった態度で、(笑)連発の回答をしていましたね。流れを追いながら読むと「えっ、急にキャラ変わるの?」と不思議に感じました。
なので対話の当事者であった鯛焼きさんが「後付けの脳内変換」と感じられたのもわかる気はしました。

私は彼が一方的にスレを消去した事も、その後成り済まし投稿をした事も、社会通念上の良識に照らして間違っていると思っています。
ただ、シニフィエさんが大切にしている友人とのエピソードは共感できるもので、その気持ちは尊重してあげたいと思いました。

鯛焼きさんは私の意見に対して受けとめてくれ、許容できる部分については許容する姿勢を持ちながらご自分の見解を述べてくれました。その冷静さは鯛焼きさんの長所の1つだと思います。

2つ目の本題等については、火曜日くらいに投稿させて下さい。

こんにちは。

tsさんありがとうございます。

すいません、特に三人組さんに思い入れがある訳ではなく、活動家の皆さんはどう思われているのか聞いてみたかったんです。

安保法制や沖縄の知事選など諸問題ありますが根本は池田先生の思想の解釈の問題では無いのかと思っています。

学会の究極は師弟不ニだとおもいますが、
師弟というのが、あまりにも漠然としすぎていて、個人個人で師弟というものの解釈の幅に大きな差がある気がします。

鯛焼きさんとtsさんも師弟と言う物の解釈や温度差が違うでしょ?
 
そう考えると師弟論争みたいになって、
いらん分裂の因に師弟論がなっている気がします。

なので師弟不ニは無いほうがいいんじゃないですか?

Re: タイトルなし

>ただ、シニフィエさんが大切にしている友人とのエピソードは共感できるもので、その気持ちは尊重してあげたいと思いました。

この点については、私としては友達だけに通じるやり方ではなく「万人に通ずる方法」をシニフィエさんに答えて欲しいという気持ちが強かったのも事実です。「(私が万人に通ずると信じている)創価の教え」をシニフィエさんが否定するなら代替案を出してくれ、という想いです。だから「では女の子では?赤ちゃんではどうなんですか?」といった話に持っていたんだと記憶してます。

確かに話の持って行き方が急すぎたかもですね。
じっくりと「なるほど。それでその友達はどうなりました?」とか「大変でしたね、続きを聞かせてください」なんて風に持って行けば、まだ話が続いたかもですね。

No title

鯛焼きさんこんばんは。
ひとつ前の自分の投稿に誤字があったので編集しようとしたら、「このコメントは管理者の承認待ちです」となってしまいました。
申し訳ありませんが再度承認をお願いいたしますm(__)m

2つ目の本題の前に、いただいたお答えを読みました。記憶を辿っていただきありがとうございます。
議論の進行と共に鯛焼きさんの思考や感情にも流れがあり、その中での対応だったという事ですよね。
この件については、鯛焼きさんがシニフィエさんの気持ちを無視したから悪いとか考えているわけではないので、議論の当事者同士に感情のすれ違いがあったものだと理解しました。
文字だけを頼りにするネット上でのコミュニケーションって難しいものなんだな、と改めて感じます。

2つ目は、今回いろいろ議論したり読んだりする中でずっと考えていたのですが、「創価学会」というものに対しての認識が人によってこうも違うんだなという点についてです。
シニフィエさんを始め対話ブログで創価を厳しく批判している人たちも、元々は学会員として多かれ少なかれ活動していた人が多いと思います。
彼らの多くは、新聞の体験談が嘘っぱちであると感じていたり、功徳が出るからと洗脳されて選挙活動をしていたと感じていたりする。また、創価に騙されて人生における貴重な時間を浪費させられたと後悔している。
私は元活動家という点では彼らと同じであり、創価学会に問題はあると思いながらも、彼らのように感じた事はほとんどありません。

個人的な話ですが、今年の3月から我が家には電動の仏壇と御本尊が安置してあります。非活となり、結婚して引っ越してから10年ですが、両親の強い希望を受け入れ受持に至りました。
授与にあたり地元の会館で入会勤行会があるとの事で、土曜の夜に車を飛ばして地元に戻り、約10年ぶりに会館の門をくぐりました。
子供の頃から知ってる地区のおっちゃんおばちゃんもみんな来てくれて、いの君良かったねえと喜んでくれてました。
一緒に勤行唱題して感じたのは、みんなわざわざ土曜の夜にゆっくりしたいだろうに、半分逃げるように組織から離れた自分の事を心配してくれてるんだなと。
3月ということで、当然3.16までに成果を上げるという事情もあったと思いますけど、そんな事は関係なく感謝の気持ちと申し訳なさを抱きました。
行く前は、男子部時代の嫌いな先輩に会館で会って「いのは退転だよ。家族という魔に負けているんだ!」とか冷たく言われたら悲しいなとか考えてて、まあ言われてもその通りなんですけどね(笑)

選挙活動の事についても、私自身今でも積極的に公明党へ投票しているのは功徳も罰も全く関係ないです。
活動家時代、小選挙区で候補が落選してしまった事がありました。以前には候補付をさせていただいた事があり、実力的にも人間的にも心から尊敬できる方でした。その方が落選した時、涙を流して悲しんでいた人たちの姿は今でも忘れません。功徳が欲しいとか、そんなチンケな気持ちで支援していた人が流せる涙ではなかった。
自公の連立政権を支持しているという理由ももちろんありますが、公明党にはそういう思いを背負った政治家を産む土壌があると信じているから、今でも公明党に入れています。

前置きが長くなりましたが、私にとっての創価学会は離れた今でもそういう暖かい存在です。でも対話ブログに集う多くの人は「そうじゃない創価学会」を感じている。
昔、仏教ものがたりという本で盲人が象を撫でて「象は○○だ」「象は××だ」と評価する話を読んだのですが、考えるなかでその話を思い出しました。
創価を詐欺団体と斬って捨てるシニフィエさんを始めとする方々は、私とは違う創価学会の姿に接していたのか。それとも、同様の経験はしつつもそんな事は凌駕してしまうほど嫌な体験をされたのか。
彼らから言わせれば、私の感じている創価学会こそが盲人の的外れな評価なのかもしれません。
いずれにしても、象を認識できない我々が愚かであるという意味ではなく、それこそ星の数ほどいろんな「創価」があるんだなと思いました。
これは問題提起でもなく単なる私の感想かもしれませんが、書きたかった事を書いてみました。

私が考える師弟論

 私のような師弟フニャなものが師弟論を語るのには抵抗がありますが、現場において私が感じていることをお話しします、、、。

 宗門は日寛上人の解釈を是、創価学会は池田先生の解釈を是としているので、師弟の精神をなくすのがいいとは私は思っておりません。

 師弟不二の精神といっても、牧口先生においては戸田先生、戸田先生においては池田先生、日蓮大聖人においては日興上人と、事実上においては、それ以外の方が師弟不二の精神を体現されたというのは、いないのではないでしょうか、、、?

 各々会員が信仰の目的を成就できるよう、師匠の指導を目指すべき指針、規範として日々精進していくことが、肝要と私は捉えております、、、。

 私の紹介者は池田先生のことを盲信するような方ではなかったので、私が疑問に思うようなこともフランクにお話しできる方でした。

 お嫁さんの方は常勝関西の婦人部らしく、御本尊様と池田先生は絶対やで、行き詰まったらお題目と先生の指導を求めるんよ、とお話しする方でした。

 旦那さんには厳しく指導され、嫁さんが常にやさしくフォローしてくれていたので、情はお嫁さん、理は旦那さんという構図でしょうか、、、。(笑い)

 そのご夫婦をみても師弟論の解釈や温度差はありましたが、夫婦分裂の因になるとは私は思っておりません、、、。(笑い)

 かといってそのお嫁さんが、絶対といいながら池田先生を教祖のように信仰の対象にしているかというと、そうじゃないんですね、、、。

 女性というか婦人部の方の考えに理解しがたいところは、小さい声でしかいいませんが正直少しありますね、、、。(笑い)

 会員のなかにおいても池田先生に対する思いは千差万別、婦人部のなかでも先生はあまり好きではないという醒めた幹部の方もいますし、だからと言って非活脱会するわけでもなく、信仰と組織活動を分けて考えている方もいます、、、。

 活動家が池田先生にMCされているとのアンチの方の意見は、現場をよくわかっていないステレオタイプの偏見と思います、、、。

 中枢が歴代会長を神格化し、純化路線をとり、魔女狩りやマッカーシーの赤狩りのようなことでもすればわかりませんが、師弟論で分裂するというのは杞憂かなと私は思っております、、、。

 師弟論においては鯛焼きさんとも違いはあると思いますので、お伺いしたいところとも思っております、、、。

 赤狩りのようなことが起きれば、鯛焼き支部長に報告(密告)され、師弟フニャな私が見せしめに狩られてしまうかもしれませんね、、、。(冗談です、笑い)

 

Re: 私が考える師弟論

TS様、ありがとうございます。

>各々会員が信仰の目的を成就できるよう、師匠の指導を目指すべき指針、規範として日々精進していくことが、肝要と私は捉えております、、、。

師弟論ですが、私も基本的にはTSさんとそうそう変わりません。本部職員説が根強いですが(笑)、本部職員ならもっと過激な師弟論かも知れません。

人間、自分だけの決意とかでは弱いもので、なかなか行動に結びつかないことも多いでしょう。

でも幼少の頃に(お母さんから言われから)買い物に行った、とか(学校の先生がこう言ってから)宿題を頑張れた、というように、他者の意見によって自分の行動が押された経験は誰もがすることでしょう。

基本的には、その延長で、師弟とはそんな考え方なんだろうと思います。

さらに人生論として昇華した場合、「自分」がこうしたいからこうする、という生き方では、そこそこの人生は歩めるでしょうが行き詰まりもあると考えます。宿命の打破などは色々突っ込みが来るので置きます(笑)

そこで、もう一歩より良き人生を歩むために「師匠」がどうしても必要になってくる。このように私は結論づけております。

師匠の言われた通りに行動する。
師匠の言葉を励みにして苦難を乗り越えられた、みたいな感じですね。

原理主義トリオ

ナルホド正論デスネ。
聞きたかっただけなので、特に突っ込みはやめときます。

でも僕が創価の大幹部なら、

鯛焼きくん!tsくん!甘いよ!君たちの言っている事はただの師弟だ!
それは簡単だ!違う、師弟不ニなんだ!

と言うと思いますよ。(笑)

池田先生を普遍的に捉えて、先生も人間だもの間違いもあるよ。ぐらいで捉えればいいと思うけど、絶対だ!と捉える人もいるので、悩ましいとこだと思いますよ。

三人組さんは、絶対だ!の人かな?
それに同調するかたもいますよね?

池田思想というのは、定義が無いというか曖昧な感じでハッキリしないので、やはり難しいですね。

ありがとうございました。

何時も有難うございます。

創価ブログで
読み応えある鯛焼き支部長のブログは、
楽しいですね♪

新たなコメンテーターも陸続と。
喜ばしい限りです。

TSさんを始めとし、
聡明な方々からのコメントを楽しみに
拝して居ります。

師弟論は、良いテーマです。

私の人生、
私の生命、
私の信心の
それは、大聖人様です。

世間一般では、
鎌倉時代の乞食ボーズです。
頭のおかしい日蓮って言うらしいです。
カルトな坊主らしい、、、。
駄文コメントまいど失礼しました。

Re: 原理主義トリオ

>池田先生を普遍的に捉えて、先生も人間だもの間違いもあるよ。ぐらいで捉えればいいと思うけど、

私はそんな感じです。

でも宗門の方にもいませんかね?

猊下様は、大聖人とご内証が同じ仏様だって(笑)

すみません駄文でした。

いのさんへ

 シニフィエさんのブログに関わっていた非活の方が、またご本尊様を受持されたとのお話しに大変うれしく思いました、、、。

 いろいろとたまっている思いもありましょうから、無理にとは言いませんが、少しずつ思いを語っていただければありがたいな、と私は思っております、、、。

人間に絶対はないでしょう、、、。

>三人組さんは、絶対だ!の人かな?
それに同調するかたもいますよね?<

私は原田会長以下そのように思っている方はいないと思っております。

 創価の世界では、先生はこう仰っているというのは、水戸黄門の印籠のような効果がある組織文化ですから、自分の主張の正当性を訴えるために、師匠の指導を利用する輩も多いんですよ、、、。

 イラク戦争に自衛隊派遣を決めたときも、賛成反対論者、みんな印籠をもって主張し合っていましたよ、、、。

 かくいう私も、アメリカのブッシュよりの政策に賛成する公明党に憤りを当時は感じていました、、、。

 私の印籠は毎日新聞インタビュー、公明支援するために信心しているのではないとの記事、、、。

 一方反対論者は、激戦区の長編詩の激励記事、、、。

 先生の平和思想が公明によって崩れてしまう、、、。負け戦をすることが弟子の戦いか、、、。

 どっちが本音ですか、、、先生は二枚舌かと思うときもありましたが、今思えば青二才だったと反省しております、、、。(笑い)

 自身の公明不満の想いに先生の指導を印籠として利用しただけです、、、。正直言えば、、、。

 理想を語り、夢と希望を与えていく宗教指導者と、国民の生命と財産を守るために現実的な選択を迫られる与党政治家との間に、ギャップが生まれるのは当然のことと、今となっては思うのです、、。

 ですから三人組の方には、自己保身のために先生の印籠を使うのやめなさい、、、。

 自身の内から発した言葉として本気で思うなら、虎の威を借る狐のようなことはしなさんな、、、

 そんな思いですね、、、。

 私の先輩が影響を受けたと語っていた、

 「師に帰命を」

 という過激なことを男子部に吹き込んでいた元副会長の末路を知っているものからすれば、そんな常識はずれな言動をする幹部もいないでしょうし、創価大学の学生に先生が話した内容を聞いても、ご本人が一番そのようなことを望んでいないように私は思っております、、、。

 

 

TSさんへ

拙い投稿を読んで頂きありがとうございます。関わったと言っても数時間でコメントが消えてしまったので、本当に袖擦り合うか合わないか程度でしたが…(笑)

この数週間は鯛焼きマニアと化していたので、TSさんの投稿も何度となく読ませて頂いてました。鯛焼きさんとはまた違う魅力があって、桜梅桃李だなと感じていました。
私自身は、創価が嫌で嫌で離れたわけでもなく、今の道を選んだのもあくまで自分にとってこの方が良いと判断した結果なので、たまっている事はそんなには無いんですよ。
というか、むしろ自分が創価の事を結構好きなんだ、という事を自覚して少し意外でした(笑)
また、今までも幾度か創価学会というものについて考える時期がありましたが、今回はいろいろな方から触発を受ける事が多くあり、私にとっては実りある時となっているなあと感じています。

仕事の合間に少しずつにはなりますが、また投稿させていただきます。よろしくお願いします。

いのさんへ

いのさん、ご丁寧なご返事ありがとうございます。

 鯛焼きマニア化しているという言葉に、シニフィエマニア化している自分に気付き、思わず苦笑してしまいました、、、。(笑い)

 シニフィエマニアらしく自己紹介すれば(笑い)

 功徳のニンジンに見向きもせず、罰のムチには恐れもせずやり返し、覆いなんて取っ払って常に外部目線を意識し、広布のためにひたすら走る馬のように、自分の頭で考えることのできる創価脳に鍛えていただき、中枢の意向どおりお金と時間を青春時代から40年近くつぎ込んで、人間的に成長させていただき報恩感謝の想いをもった、被害者とも加害者とも思っていない一末端の壮年支部幹部です、、、。(笑い)

 こんな私でもお付き合いいただければありがたいことと思っております、、、。

 外部のお嫁さんでありながら、ご安置許していただけるだけでも感謝ですね、、、。

 文化祭の練習に励んでいた時の若いころ、信心してない女の子とデートを切り上げて練習を優先しすぎるあまり、フラれてしまった苦い経験があるので、羨ましい限りです、、、。

 今じゃ嫁と娘二人にタッグを組まれた日には、そちらを最優先せざるを得ない状況になりまして、あの時もっと彼女に配慮できる自分であったらなと、反省しております、、、。(笑い)

 要らぬ心配かと思いますが、そんな嫁さん泣かさないよう、絶対大切にしてくださいよ、、、。

 また学会三世の感覚、○chの世界、非活10年の思いなど、私には経験がないので、教えていただければありがたいことと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
 

TSさんへ

おはようございます。今日は11月18日ですね。
TSさんの自己紹介を読ませて頂き、今日まで人生を賭けて創価学会を作ってこられた多くの方々を思い、誇りを持って生きる事の意味深さを感じました。
自分には創価学会の中ではできなかった事であり、正直羨ましくも眩しくもありますが、私も今の道に踏み出した以上は皆さんに負けないように頑張って生きて、最後に幸せだったねと心から言える人生にしたいと思っています。

妻は自分が活動していた時の事をほぼ知らないので、学会や御本尊については「よくわからないけど夫の両親が大切にしているもの」くらいの認識でいると思います。私にとっても現在の生活と深く関係していないため、今のところは特に波風が立つ事もないし、あえて立たせる必要もないという感じです。

なので私が創価について考える事があっても、それをアウトプットする場所は存在していません。シニフィエさんのとこに投稿したのも、そういう場を探していてここなら聞いてもらえるかなと思ったのかもしれません。
今考えると大きな勘違いで、むしろすぐ消してくれて良かったわと思いますが。あそこは創価が心底嫌いな人しか行ったらいけない場所ですね。

実際組織や信仰から離れても、創価の事が嫌いになる人ばっかりじゃないというか、むしろそうでない人の方が多いのでは?と思うんです。退会した人であっても色々な考えの人がおられるでしょう。
その人が接してきた創価学会が、その人にとっての真実の創価学会であると考えていますが、やっぱりブログでも5chでもなかなかそうはならないですね。


No title

このブログのタイトルには賛成しませんが、創価問題を書くには、正直今はここは対話ブログより書きやすいと思っています。
「創価は詐欺」と思わないと思考停止のように言われないからです。
私は思考停止してるつもりはないですが、創価を詐欺とは思っていません。

でも改めて強調しておきますが、「創価は詐欺」という考えを撲滅させたいのでも憎いのでもありません。
ただ単に私はそうは思わないというだけです。

かつて創価は絶対に正しく、「相手が納得するしないに関わらず」これを語らないのは無慈悲な行為と習いました。
当時、私もそうなんだなと思いました。

翻って今度は
「創価は詐欺であり、会員は騙されているだけに過ぎない。これを見て見ぬふりをするのは、振り込め詐欺に騙されている人を前に黙っていることと同じだとか、危険な行為をしている子どもに注意しない、人としておかしい行為」
今度はこう言われたとします。

ああ、またか。
またしてもそこに「自由」はなく、口を出さないと無慈悲な人間にされる。

そんなもの、やるもやらないも自由でしょ。
正しいも間違ってるもないでしょ。
必要な人がやって、必要じゃない人はやらなければいい。
そんだけの話でしょ?
これは許さない勢いというか。

「絶対正しい」も「極悪の詐欺」も、ピンとこない人から見たら知らんがなって話です。
だけど「慈悲」とか「思いやり」とか「人として」という旗の下から、知らんふりしている人間には「無慈悲」のような烙印を押してくる。
これがうっとうしいんですよ。
思想は自由ですが、押し付けられたらうんざりしますよね。

押しつけがましい世界から出ても、また押しつけがましいことをしてしまう。
人は何かを「絶対××」(他は認めない)にする限り、こうなってしまうんでしょうかね。

No title

いのさん
>私が創価について考える事があっても、それをアウトプットする場所は存在していません。

そうだろうと思います。
アンチ界隈にいると、この世は強烈なシンパかアンチに二分されているような錯覚に陥りますが、実際はちがう。
逆にいのさんのような中立のような人や、私のようにどっちかというと、どっちも理解できない人が大半なのに、ただ書いている人がいないだけでは?と私は思っています。

私のまわりにも(殆ど外部ですが)聞けばたいていがそんな人ですよ。
ネットでは「最近出てきた少数意見」なかもしれないけど、それはわざわざ書かれていないだけ。
ネットに書くのは強烈な思いを抱いたアンチかシンパだけど、むしろそっちの方が独特なんじゃないかと思います。

私はある時期から「ネットに書かれていないそれらの声」を無性に拾って書きたくなったんですが、書くとなると「アンチばっかり」の場じゃやはり難しいですよね。
「人の感情に寄り添えない」とか、どうしてもアンチよりの声に非難されてしまう部分がある。

なので私は自ブログで書きましたが、書くってそういう意味で場所も考えなきゃいけないと思うし、簡単ではないなあと思います。

鯛焼きさん
人様のブログで勝手なタワゴトをお許しください(__)

Re: No title

> 鯛焼きさん
> 人様のブログで勝手なタワゴトをお許しください(__)

いえいえ、まったく大丈夫ですよ。
最近、仕事と学会活動(笑)に忙しくブログに関われてませんが、様々なご意見や考えを書いて頂ければ、と思います。

アイスティーさんへ

お気づきと思いますが早霧です。
以前やり取りさせて頂いた中で、主張したいものが上から目線や憎しみといったつまらないものにならなければ良いですねと言われた事がとても心に残っています。
ちょうど5chでボロカス言ってた時だったのもあって、自らの姿勢や傾向性を省みずにはいられない言葉でした。

自分の周りでも親戚や実家の近隣の方で退会した人を何人も知っていますが、極端に創価を憎んでいるようには見えなかったです。強信者である両親も普通に親戚付き合い、近所付き合いをしていました。
(第二次宗門問題時はかなり攻撃的になってたのを覚えていますが)
そもそも1日24時間しかないので、創価時代が過去の事として片付いてる人であればネットで声を上げる事は少ないのでしょう。それより自分にとって価値のある事に時間を使っていると思います。
私もシニフィエさんのところに投稿したあと、アイスティーさんのブログに書くまで2年間はたまに読む事はあってもどこにも書いてませんでした。

一方で活動家は活動家で忙しくて、ネットに意見を書く時間はなかなかない。
よく「創価は会員に本当の事を知られるのが怖いから、ネットは嘘ばかりなので見るなと指導してる」という意見を目にしますが、どちらかと言えば「ネットで時間使う暇があったら活動しろ」という指導性だったような気がします。
なのでネット上での創価に対しての発言は、創価に対して強い憎しみを抱いている方々からの批判がどうしても多くなるという面はあると思います。

…という文章を書くだけでもう1時半を回っています。遅筆なのもありますが、考えてる事を文章にまとめるのは大変だなと実感します(笑)

はじめまして。

はじめまして、創価学会に所属している30代後半のアサヒと申します。よろしくお願いいたします。
一般的には活動家と言われる立ち位置にいますが、TSさんと同じように組織に矛盾を感じつつ自分の頭で考えながら、活動しております。
組織に矛盾があるとは思いつつも、鯛焼きさんの仰る日蓮大聖人の信仰をベースとした創価学会の教えには納得し、自分が良い方向に進めると言う実感があるため、退会するという選択肢は今のところ考えられません。
また池田先生のことも師匠と慕っております。

もちろん、創価学会の組織に不満を感じて退会に至る人の気持ちがわからないわけではありません。
ですが、シニフィエ氏のブログは、あまりに非論理的であり、到底容認できるものではない。
そのような思いからコメントさせていただきました。よろしくお願いいたします。

No title

早霧さん、そうですね(笑)

これは自ブログや、以前対話でも何度も書いたんですが、私自身はノーテンキな会員だったので、創価で嫌な思いなんてほとんどしませんでした。
辞めた時も「あ、そうなんだ。じゃあ私はもういいや~」くらい。
それが、そのために鬱になったなんてコメントを読んでただ驚きました。

アンチブログを読んで、じゃあこう書けばもっとスッキリするのでは?と、いわばそういう人たちを代弁するような気持ちで書き始めた部分もあったんですが、でもこれが難しかった。

人にもよるけどそれで「スッキリして、さっさと忘れるタイプ」と
「繰り返し書いて読むことで憎しみが倍増し、記憶は輪郭を増し、盛られて、アンチを語るこそこそが生き甲斐になってそれなしでは生きられなくなるタイプ」
に分かれるというのか。
そういう人は書いても書いてもというか、書くほどに底知れない闇がトグロを巻いた厄介なアンチになってしまうんですよね。

繰り返し繰り返し書かれる、
「過去を思うと絶望して気が狂いそうになります」
「今までの人生を全否定なんて恐ろしすぎてできませんよね?」
「取返しのつかない加害者です…」
これ一本をシャワーの浴びせて、人をネガティブにさせる意味が私にはわかりません。

アンチブログの捉え方も在り方も、本当に人それぞれ。
私がこれを殊更いうのは、「一色」は危険と思うから。
ただそれだけのことです。
まあこんなことは別にたいそうなことでもなくて、大半の人はわかっていると思いますけどね。

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教えて下さい♪

駄文、横やりコメント誠に失礼。

教えてぇ♪ 下さい♪って

歌詞から始まる、

さだまさし氏の歌が

ありますが、

創価は何をもって人々を幸せにするの?

幸せにナルか、ならないかは、本人次第?

この辺が、アヤフヤだから、、、

アンチが増殖するのかと思う次第です。

山は死にますか?♪

川は死にますか、、?

教えてぇ〜くださいーぃ?

夜勤明けでテンションMAX
おふざけが過ぎました。すんません、。

創価の教えは先生の教え。

こんにちは。
ホントになにをもって幸せにするのか?
わかりにくいのが今の創価の教え。

三大秘法ですか?
今の創価の三大秘法は、破門前、就中戸田会長の時代の創価からすれば邪義邪宗です

当時の草創の学会員から破折される立場です。
 
この前三宝についても鯛焼きさんと対話しましたが、僕の言っていることは、その頃の創価学会の正義です。 

今の創価学会は昔の創価学会を破折しようとしています。

破門されたからと言う理由でこれだけ教義が変わるのなら少なくとも創価の根本は三大秘法ではないのでしょう。

なにをもって幸せにするか?
やはり池田先生の哲学ではないですかね。

駄文失礼しました。

勝利の鉄板指導

>創価は何をもって人々を幸せにするの?<
>幸せにナルか、ならないかは、本人次第?<

簡単なようで奥の深い質問ですね、、、。私の経験から感じることをお話しします、、、。

 私の紹介者をはじめ多くの先輩方から教わった勝利の方程式というのをご存知でしょうか、、、?

 決めて祈って動けば必ず結果がでるという学会の鉄板指導です、、、。

 ・漠然とした祈りではなく、具体的な目標を目指して腹を決める。
 ・決意の深さに応じて、具体的に真剣に祈り出すと御仏智と申しましょうか、何をすべきか明確になってくる。
 ・具体的な祈りが行動の原動力になり、それに対しての行動が真剣になってくる。
 ・真剣な行動による自身の変化が周囲の変化を促し何かしらの良き結果が生じる。

 この創価勝利の方程式、人生における様々な悩みを乗り越える方法として私の経験からも、悩んでいるメンバーにはまずは100日挑戦してみようと、共に題目をあげるようにしています、、、。

 この考えからすれば自力本願の信仰ですから本人次第といえると思います、、、。

 また何を持って幸せかという問いにも、ここに答えがあるように私は思っております、、、。

 よくいう相対的幸福ではなく絶対的幸福、つまり自身の仏性という善性を引き出すことによって、悩みに負けない強い生命力を持って課題に挑戦していく、その姿勢自体がすでに命が躍動していることに自身の経験から感じることです、、、。

 他者からみたら大変な状況でとても幸福には見えないように思えるわけですが、後で振り返るとあの苦しいときに御本尊に真剣に祈り、悩みと格闘していた時の自分が一番輝いていたなあと思うわけです、、、。

 創価学会のなかで聞く体験談ほど、人の心に響くものはありませんし、そういう方の言動から学んでいくほうが価値的なことと思います、、、。

 あちらのブログの方々は成功体験から学ぼうとしないことが残念でなりません、、、。

 語り出したら止まらない話になり、私にとってはネットに不向きなテーマかも知れませんので、この辺で、、、。

一色について

創価に対しての批判はあって当然ですし、批判する事が間違っているとは全く思いませんが、批判=全否定になってしまう傾向には違和感を感じます。
例えば「創価学会員で幸せになった人なんて誰もいない」という趣旨の発言。
もちろん、創価側が「信心すれば必ず幸せになれる」というスタンスなので、それに対するまさにアンチテーゼとしてこのような言葉も出てくるのかもしれません。
しかしこのような声やそれに対する賛同ばかりが主になってくれば、もはや冷静な批判の域を超えてしまっていると思います。
いやむしろ「そうあって欲しい」という願望すら滲み出てしまっているのではないか?って感じます。
創価学会員は全員不幸であって欲しいし、
幸せになったという聖教新聞の体験談なんか全部嘘であって欲しい。
創価の名がつく保育園では、子供に酷い事をする保育士がいて欲しい。
池田先生は認知症で苦しんでいて欲しいし、何ならもう死んでて欲しい。「Xデー」が来たら、もっと大きな声で笑ってやるのに。
もし無意識にでもそのような願望を抱いている人がいるとしたら、それこそ人間として可哀想な、不幸な人だなと思います。

批判=全否定になる傾向は、アンチ側だけでなく創価学会にもありますよね。
新聞で座談会と称して、日蓮正宗や元議員を悪し様に罵ったりしていたのは今思い出しても悲しくなります。
私が結婚前、初めて妻の実家へ行った時の事ですが、塀に共産党のポスターが貼ってあり「うわーマジか」と思いました。
学会が公式に言ってるわけではないかもしれませんが、共産党支持者=冷たくて陰湿、底意地が悪いというイメージ。これは選挙の度に幾度も聞かされていたので、当時すでに活動から引き気味だった私でもやはり持っていたものでした。
会ってみたら勿論そんなわけがないし、両親ともとても優しくて良い人でした。義父なんて赤旗配ってたバリバリの共産党員でクリスチャンですが、創価や公明党の批判など私に一言も言った事はありません。
学会に入っていたら絶対みんなから信頼される面倒見の良い幹部になってただろうなと思うくらいです。
しかし両家の顔合わせの時は、私の脳裏には「創価vs共産党」「創共協定成立」の文字が浮かんでました(笑)
私にとっては、どちらも尊敬する大切な両親であり、私達の幸せをそれぞれの立場から願ってくれている事に感謝しています。

アンチにしても創価にしても、なぜ自分たちと相反する相手の事を一色に染めてレッテルを貼りたがるのかと考えると、その方が楽に主張の正統性を得られるからだと思います。相手を攻撃する大義名分が欲しいというか。
「実際は幸せな人も不幸な人もいるけど、創価は詐欺だ!」「実際は良い人もいっぱいいるけど、共産党なんかに負けられるか!」では締まらないと感じるのだと思います。

人間として品のある生き方って何だろう、信仰の目的って何なんだろうと改めて考える日々です。








No title

>もし無意識にでもそのような願望を抱いている人がいるとしたら、それこそ人間として可哀想な、不幸な人だなと思います。

おお!書こうとしていたことを先に書かれてしまいました(笑)

そうですね。
ブログは「無意識」でも偏見のある書き方をして、読む側も偏った認識をしてしまうところはありますね。

例えば、鯛焼きさんは対話ブログに訪問しただけです。
挨拶も自己紹介もしないで、古いスレッドに捨て台詞だけ吐いていく「殴り込みの創価脳」では全然なく。
なのに、私はアンチブログであくまで「殴り込みの鯛焼き」とする表記を見ました。
今も、学会員とは信じているものが異なるので話が噛み合わないだけのことを、
「はじめから対話の意志などない」「創価脳に対話能力はない」(まともな自分にはある)
というふうに書いたりするのを見ます。

印象操作をたくらんでるではないにせよ、どうしても偏見が出ますよね。
私もアンチブログを書いていたからその辺はよくわかるんですが、おっしゃる通り願望が入るんでしょうね。

まあこんなのは誰でもそうで、「気に入らない和やかさ」はマンセーとか、気に入ったら嘘でもお茶目とか、数え上げたらキリがありませんが。

あと全否定の正体は、大袈裟かなと私は思っています。
実際に組織にいた人は、圧倒的多数がやる気のないユル活・チョイ活だったことを知っていながら、都合によっては「誰も彼もが血管キレそうなバリ活のロボットの金太郎飴で、世界広布を信じて疑わなかった」(例えです)のようになる。

読む方はこっちの方が刺激的だし、わざわざ投稿するとなると退屈なことは書けないのもあるかもしれない。
いろんな心理が働くのはあるかなあと思います。

TSさん。有難うございます♪

創価で幸せに成る。
つまり、
どんな困難があろうとも、
題目を唱えぬき、
不動の自分を構築していく。

素晴らしいと思います。

創価学会員で、実践している方が
どれだけの人数いるのか?

そもそも、
学会でなければ絶対に!では
無いのかとも思う次第です。

私には創価の
師弟の誓願が分からないので。
凡夫同志で
先生だの永遠の師匠だのが、、。

私は、
日蓮大聖人さまと直結でありたいので、
大聖人様に誓願してます。

勿論、三代会長には感謝はしてますよ!
歴代会長が居なければ大御本尊様には
巡り会えなかったので。
駄文コメント失礼しました。

創価の専売特許ではないが、、、

>そもそも、学会でなければ絶対に!では
無いのかとも思う次第です。<

天ぱさんの仰る通り、鉄板指導は何も創価の専売特許と私も思っておりません、、、。

 世界の識者との対談で迫害を乗り越えたマンデラさんのような信仰していない方でも通じるお話しでもあるとも思います、、、。

 ただ決意も三日坊主になりがちな私ども凡夫のようなものに、そこまでの覚悟と実践を問われればなかなか大変なことと思います、、、。

 だからこそ同志の励まし合い、触発が必要でもあり、決意した祈りというものが原動力になるのではないでしょうか、、、?

 まあそれと不可思議な諸天のお計らいのようなおまけというか、偶然も重なることが多々あるので(笑い)、私は一般人の方にはお勧めの信仰と思っております、、、。

 「黒猫も白猫もネズミを捕るのは良い猫だ」

 との鄧小平の言葉がありますが、私は信仰の実践にも当てはまる話と思っております、、、。

 黒白問わずどの宗派信仰(黒猫白猫)においても、悩みを乗り越えさせるもの(ネズミを捕る)であれば、ご本人にとっていい信仰、教えなんだと思います、、、。

 それがSGI憲章の精神でもあると思いますし、その中でもネズミを一番取ることが上手な猫が創価学会と自負しているので、悩みがあるなら騙されたと思って100日真剣に実践してみなと、人にもお勧めしているわけです、、、。

 友人、未活、非活の方にお勧めしてきましたが、未だおまえに騙されたと言ってくる方は一人もおりません、、、。

No title

現実をスルーしなければ生きていけない…
これも一部アンチの偏った書き方ですよね。

「創価で幸せになった会員など一人もいない」
という意見に
「幸せか不幸って、傍から見てるだけではわからないでしょう?本人にしかわからないことなんていっぱいあるでしょう?
他人を幸せとか不幸とジャッジするあなたのその神経は何なの?よほど不幸に見えますが」

こう言われてもスルー。

「じゃあ幸せを、経済的に豊かであることと仮定しましょうか?
財務ですってんてんになって貧乏だから不幸、なんて意見が多いですからね。
でも事業で成功した人もいっぱいおられますよね。それはどうなんですか?」

スルー…

「SOKAネットは嘘ばかりと言いますが、アンチブログだって嘘はありますよね?
管理人ならその辺は、厳しいくらいの慎重さや説明が求められると思いますが如何ですか?」

スルー…

「誰々さんと誰々さんは同一人物と思う。間違ったら謝罪します」

間違えでした。
謝罪は?

スルー…

このようにスルーなんて、学会員に関係なく誰でもありますよね?
それはどう思いますか?

スルー…

都合のわるい現実はスルーしてしまうのは、誰でもあります。
どこにでもあります。

なんでもかんでも「マインドコントロールされていたから」と言いますが、じゃあそれが解けたと言いながら、シャッターもスルーも繰り返すのはなぜなのか?
いったいアンチのいう創価が悪という実態は、本当はどこまでが問題なのか。
憂さ晴らしに盛られた中の「どこまでが?」

私も決して、中立なんてものわかりのいい人じゃない「アンチ」ですが、少なくとも憂さ晴らしでは書きたくないとは思っています。
ただの憂さ晴らしは不快なだけで、響いてはこないと思いますよ。

No title

補足です。

それから「宗教には正邪がある」「信じる心が大事なんじゃなくて何を信じるかなんだ」を卒業したはずが、相変わらず、あれならいい、これはダメという論争もうんざりしますね。
人が大切に信じているものがあれば、それは何であれいいではないですか?

そうすると、いや信じるといってもナチの思想なんか信じると危険で…とか極端なことをいう人もいますが、一般に平和と幸福を願う教えなんて、何を信じるのも人の自由では?
「騙されているのを見ていられない」はキレイな言い方ですが、本音は相手じゃなくて、自分が「こうしたい」じゃないの?
あまりにもつっかかる方が「何かあるの?」という感じです。

迷惑、迷惑ってそれもどこまで?
本当はあっさり断れることができない自分を棚上げしているだけでは?と思う時もあります。
たいていのことは「断りさえすれば」痛くも痒くもないことですよ。
「折伏した罪」を印籠に出す人もいますが、~させられた一辺倒も他責オンリーなの?と思います。
いい歳した大人までが、二言目には「~させられた」はカッコイイもんじゃありませんよね。

私の書いていることも、これ一辺倒にするつもりはないですが、いろんな考え方をしてみるのも大事ではないかと思います。

Re: No title

コメントありがとうございます!
最近なかなか時間が取れませんが、思いっきり書けていた「あの夏」が懐かしいです(笑)

基本、同意します。

あの方たちのコメントを読んでると「恨みつらみの人生」がどれほど虚しいものか、そろそろ考えた方がよろしいかと思っちゃいます。生産的ではありませんし、時間の無駄でしょう(笑) でもあの方たちの勝手ですのでね。

何事にも負の側面はあるものです。

前にもどっかで書きましたが、お酒一つとっても、美味しく飲んでる方もいれば、飲み過ぎで人生が狂った方もおります。

あの方たちは、どうやら「誤った飲み方」をしたせいで「人生が狂った、どうしてくれる!」「酒なんか絶対に飲むな!」「酒=詐欺」と吐き出しているだけで「正しく飲んでいるワタシ」なんかにしてみれば「あーあ、もっと美味しく飲めばよかったのに」って最近思いますね。

逆に、美味しい飲み方を伝えたところで「いやいや、酒は百害あって一利なし」みたいなコメントなので、ただただ残念ですね。

自分で考えよ、とよく言われてますが、ある意味傲慢な考え方です。
だって「間違った考えに基づいた、自分の考え」ってなる危険性をはらむからです。

もっと書きたかったですが、営業の準備して行ってきます!

ネコがネズミに噛みついた!?

アベコベだ猫叩き♪
ネズミだぁって生き物さ♪
ネコだぁってぇ生き物さ♪

仲良く喧嘩しな♪

そんな歌がありましたが、

互いに差異を超えて、
どちらが、
日蓮大聖人様の心を踏まえているとか、

日産宗だぁ!
あっ、(汗)。間違えました、、、。

◯顕宗だぁ!
日◯宗なんか!
撲滅、撲滅、僕、池メン♪

などと、創価が言わなく成った時に、

原田創価学会は、
次のステージに
日蓮世界宗として隆盛を極める事でしょう。
駄文コメント失礼しました。
TSさん有難うございます。

天ぱさんへ

 天ぱさんらしいコメントですね、、、。お気持ちはよく分かりますよ、、、。

 離婚した手前、こちらの親の正当性を建前上言わないといけないくらいは、片親の子供に接する側の気持ちを考えればご理解いただけると思います、、、。(笑い)

 宗門世代があの世に行くまでのもう少しの辛抱です、、、。(笑い)

 まあでも醒めたこどもの目から見れば、どっちもどっちと思うことはありますよ、、、。

 年末には宗門側からのホステス付き、お土産付の接待を区圏幹部一同受けたりしていたのを見ているわけですから、、、。

 その区圏幹部から登山だ、お逮夜だ、御講だとか行くたんびにお寺にご供養しろと言われてきたんですよ、、、。私たちは、、、。

 そんなズブズブの関係をしておいて、手のひら返すような態度に信用おけますか、まず会員に謝罪するのが先決だろうと、、、。

 会員のご供養をドブに捨てる様な結果責任を考えれば、役員総退陣が普通でしょ、、、。

 これいうと幹部はみんなシュンとしちゃいますよ、、、。

 破門時の新聞の内容もどうかと思いましたよ。

 民主的な対話を拒否する時代遅れの体質、信徒を隷属させる法主絶対主義、信徒の意見に耳を傾けることのない独善体質、、、。

 おいおい、信濃町の方々がそれ言うの、、、(笑い)

 私を含め当時の活動家はそんな醒めた白けた思いを持っていたと思いますよ、、、。(笑い)

 まあこれで創価ルネッサンスという旗を掲げて、縦社会の上意下達の組織文化も変わっていくなら、期待は持てるのかなと思う程度ですよ、、、。

 あ、いけない、いけないここは学会本部を守る組織人の鯛焼きさんのブログでした、、、。(笑い)

 オレンジさんの執行部批判を伺ったばかりなので、つい内部アンチの天ぱさんのコメントに冥伏していたものが、噴き出してきてしまいました、、、。(笑い)

 11.18以降シニフィエチェックを卒業した影響か、矛先が執行部に向いてしまうのは自重しないといけませんね、、、。

 申し訳ないですね、鯛焼きさん、、、。

 この程度の執行部批判のコメントはセーフですかね、、、。一応忖度は致しますので、、、。いやあまりしていない方ですかな、、、。

 

 

Re: 天ぱさんへ

>あ、いけない、いけないここは学会本部を守る組織人の鯛焼きさんのブログでした、、、。(笑い)

別に構いませんよ(笑)言論規制なんかしてませんので。
(ただしルールやマナーを守れない方は別ですが)

それで冗談半分・本気半分のご提案なのですが、TS様もブログを開設されたらいかがでしょうか?

ご覧の通り、私も以前のようにレスポンスよく承認ができずにおり、またコメントを書く時間もなかなか取れない状態です。

私のコメントは別にいいのですが、レスが悪いとフラストレーションがたまるし円滑な対話に支障をきたすかと思います。

私のブログはそれなりの意義があると思いますのでもちろん残しますし、今後もゆったりまったりとやっていきます。

それとは別に、TS様主催のブログがあってもいいのかなと。

TS=鯛焼きサポーターという有難いHNでコメントくださってましたが、TS=楽しい創価!(笑)とか、まったく別なHNでもいいのかも知れません。それってなりすましではありませんので(笑)

勝手な提案ですのでおまかせします。よろしくお願いします。

シニフィエ熱は冷めました、、、。(笑い)

 セーフの見解ありがとうございます。(笑い)

 ブログの開設は自由が拘束されそうで、性格的に無理そうです、、、。(笑い)

 鯛焼きさんのペースが遅いなんて思いませんし、私もまったりペースの方がありがたいです。

 アンチ最前線のブログ運営のご苦労、改めて感謝申し上げます。

 当初はシニフィエさんからの対話の呼びかけに応じて、創価は詐欺の主張の偏見、誤解を解きたいとの思いがありました。

 アンチの方にもシニフィエさん擁護ばかりではなく多様な考えがあることに、こちらのブログで気付かせていただき、むしろシニフィエさんの方が特殊な偏った考えなんだと思うようになりました、、、。

 あと世界の山根、サバンナの成りすましの件での彼の開き直りの態度、カルト坊主と罵り御書を曲解しすぎる件、梵我一如さんの対応の件、常連さん方の内弁慶な姿勢など、まともに相手する方々ではないなと思い始め、熱が冷めてしまいました、、、。

 こちらでアンチの方とも胸襟を開いてお話しできれば、シニフィエさん方がいうような、中枢にMCされ自分の頭で考えることのできない金太郎アメのような創価脳という誤解が解けるのかな、と今は思い始めております、、、。

 

 

 

 

 

 

 

支部長の御提案♪

私めも、実は思ってました。
TSさんの心意気では御座いますが、
貴兄の感覚に親近感を覚える私としては、
何か発信される事は
非常に有意義なのかもしれないです。
私は、ヘビーユーザーに成ると思います。
鯛焼き支部長のブログと共に♪

駄文連文コメント失礼千万っす。

異体同心と同調圧力。

支部長、、、駄文お許しください。

TSさまのお言葉に、

だからこそ同志の励まし合い、触発が必要でもあり、決意した祈りというものが原動力になるのではないでしょうか、、、?
と、

確かに、
麗しき創価家族が現として有る事は
否定しません。

この事は、池田センセの思いかと
存じますが、、、、

でもね?レモネ?

同調圧力と表裏一体。

皆、同じでは無い。

みんなで
ワイワイが好きな人も居れば、

一人で
思索にふける事が好きな人も居るし、

組織(箱)は、その、
どちらにも対応した方が良いけど、

創価は、
個人の信仰よりも、
イタイどーしんを強要してる感が、、
顕著かな、、。

それも池田センセを中心に、、。

毎日、
聖教新聞には目を通しておりますが、
師弟?分からん!な、私には、、、、。

きいたぁー!!
アンチのぉ芽生え〜♪
byタイムボカン風。

では、夜勤明けなので寝ます♪

No title

オレンジさんへ

>退会時の不安な気持ちを拭ってくださったのは間違いなく対話ブログの皆さんでした。
>その時は本当に感謝していました。

>わたしが対話ブログを嫌いになったのは、ほどなく始まった鯛焼きさんとの対話を見てからです。

>それに加えて、鯛焼きさんとの対話の裏でなされていた対話常連さんのコメントの数々を見てです。

これはすごくわかりますよ。
両方、嘘ではないんですよね。
人は一面ではないというか。

私も対話で、人に親身に寄り添うような情深さを見せながら、別のアンチブログで、会ったこともない鯛焼きさんの人格否定をしてはしゃいでいる人などを見て、人間性なんて安易に語れないなと思いました。

人間性にアンチもシンパも関係ないということにそんなに早く気づくなんて、オレンジさんは相当に感覚の鋭い方と思いました。
私はもっとかかりましたが。

シンパであるかアンチであるかとか、好きか嫌いかで簡単に冷静さを持っていかれる人に惑わされないことですよね。
挑発、誘惑、刺激にコロッといく人は山ほどいます。

これからの人生の価値観を、創価のアンチか否かなんていうチンケなことではなく、軸をどこにもっていくか…
私はそんなふうに考えています。

アイスティーさまへ

アイスティーさま
はじめまして。
はじめましてなのに、耳の痛いことを申し上げるかもしれませんが、ご容赦ください。
どうか、冷静な議論ができましたら幸いです。
私は、アイスティーさまが対話ブログを去られた一連の経緯を見ていましたが、

〉「誰々さんと誰々さんは同一人物と思う。間違ったら謝罪します」

間違えでした。
謝罪は?

これはアイスティーさまにも当てはまるのでは⁇謝罪はなさったのですか?
すでに謝罪されているのでしたら大変申し訳ございません。
また、対話ブログにコメントされていた時代は、かなり偏った意見を述べられておられましたが、その当時の意見は間違いだったと、今は思っておられるのでしょうか?

ケンカを吹っかけているわけでは決してございませんが、対話ブログに参加されていた当時のアイスティーさんのコメントをよく読んでいたため、質問させていただいた次第です。

No title

アサヒ様
コメントありがとうございます。
全然OKですよ。
何でも答えますよ(笑)

対話に書いていたのはもう数年前で、あの頃は本当にアラシが多かったので、私は管理人さんを助けたいという思いから必死になりすぎた面はありましたね。

これは自ブログでも書いているんですが、
「間違えられて今でも激怒しているなら、いついつの誰かということを名乗ってください」とお願いしています。
一部にもう消されてしまったものがありますが、それは満場一致とおいうか、管理人さんの判断でナリスマシが明確と判断されたもので、あとは残っていると思いますので言って下さいと。
前にもchで激怒していた女の人がいたので(一年ちょっと前かな?)でもそう言ったら急にダンマリになったことがありましたが。

今までに一人だけ、ちょうどこのブログに「いのさん」で投稿されている早霧さんという方が、私のブログに来て、これを申されたことがありました。
私はその投稿はよく覚えていて、その時は私は何も言わなかったのですが、心の中ではナリスマシかと思いました。
管理人さんもそう思われたようで、何も言わずそのコメントは消されました。
後になって、そのことを私は今は削除したアンチブログに書いたことがあります。

この件は早霧さんに謝罪しました。
詳しくは私のブログに載っています。
その他も同じように言ってくれれば、それが正直な話ならばもちろん謝罪しますよ。

それからこれはもう私自身、本当にどうでもよくて過去のことなんですが、以前に「私は対話でナリスマシしました」と告白のような?マジメなような?ふざけたような?よくわからないコメントをもらったことがあって、そこに私が指摘した名前がズラッと書いてありました。
あれもこれもそれも、でしたね。
その時、私は本当にもうどうでもよくて、笑ってそのコメントは公開せず、削除したんです。
もうお互い忘れようよと。

私はもう対話には書かないと決めて、自分でアンチブログを立ち上げたばかりでした。
心機一転、もうそのことは忘れたかったんですね。
ナリスマシに関することは以上ですかね。

それから過去と言ってることが違うことについてですが…
過去が間違ってるとか今が正しいとか、それはわかりません。
正しいとか間違ってるなんてものがもうわからないというか、これは「正義」という言葉に置き換えても然りなんですが。

ただ、考え方にいろいろ変化が生じたのは事実ですね。
これは自ブログでも率直に書いてるんですが、私自身ある時、すごくびっくりしたんですよ。
ある時、「新しいすごいアンチブログだ生まれた」と聞いて、見たみたんですが、その時、「何も」「本当に何も」感じなかったんですよね。
全く響かない。
自分でも驚いてそれは記事にしましたね。

きかけはまあいろいろあったんでしょうね。
その前アンチブログも立ち上げて一年半後に、思うところがあって削除したんですが、一言でいうと書いてることが嫌になったんです。

これも自ブログで細かく書いていったんですが、大きかったのは、創価脳とされていた特質?のようなものが、アンチの間でも見えたことかな。

アンチ仲間やアンチブログから距離を置いたことで、いろいろ見えてきたこと、考えたことがありました。
これはここでは書ききれないんですが、現自ブログ「珈琲一杯分の話」(アンチブログではない今のブログ)に詳細に書き綴っています。(宣伝ではないよ(笑)

くり返しますが、今が正しいと思ってるわけじゃないんです。
それは創価時代もアンチ時代も同じで、正しい間違ってるの二極では語れないですね。

大急ぎで書きなぐってみたので、まとまりがなくてすみません。

アサヒ様
取り急ぎ、返信までです。

アイスティーさま

わかりました。
ナリスマシ疑惑をかけたことについてはきちんと整理されたのですね。承知致しました。そのような経緯も知らず、失礼いたしました。
私も、取り急ぎ返信させていただきました!
また続きは後日コメントいたします。

男子部部長の経験から、、、。

天ぱさんのツッコミ、私も入信の時からなじめないところでしたので、痛いほどお気持ちは理解できます、、、。(笑い)

 天ぱさん風にいえば、「痛い同心」な気分ってことでしょうか、、、?(笑い)

 ガキのころから集団生活が苦手で、通知表の先生のコメントには、みんなと一緒に行動できるよう頑張りましょう、と書かれるくらいでしたから、、、。(笑い)

 そんな私がお答えするのがいいのか、わかりませんが、自分の経験からお話ししますね、、、。

 入信した組織は、体育会系の脳みそ筋肉のような勢いだけはありましたが、でも面倒見の良い方が多く、情の厚いマット福島の花の3丁目地区のマンガの世界のようなところでした。

 ぐれて学校中退した方、暴走族あがりや元不良の番長とかが幅をきかせ、学生部上りは頭でっかちで戦いに使えないなと揶揄するような組織風土でした。

 先生と呼吸があっていないとか、異を唱えるのが言い出しにくいところで、一度結果が出ないことを詰められた時には、拠点で胸ぐら掴み合うケンカもしたこともありました、、、。(その時は頭に血がのぼって、部長ごめんなさいね、、、。)

 自民党の派閥でいえば、親分が右といえば右という一糸乱れぬ団結を誇った角栄軍団に近いかも、、、、。(笑い)

 そんなところで薫陶受けた私が、派遣で部長に飛ばされたところが、何故かお隣の本部の正反対の自民党宏池会のようなお公家集団のところだったのです、、、。(笑い)

 地域的にも下町から山の手風、経済的にも余裕があり、学歴も高く知的な方が多く、組織の縛りも緩くマイペースで異体同心の団結とは程遠いバラバラなところでした。

 当然、組織の成果がふるわないこともあって、私にお鉢が回って、かき回してこいという上の意向もあったのでしょう、、、。

 始めは気持ちだけが空回りで、どうしてこんな懸命にやっているのにダメなんだろうと悶々する日々が続きました、、、。

 私をそこに飛ばした先輩に指導を求めたとき、

 「今までいた組織のように結果をガンガン出せる強い組織にしたいと思っていないか、、、。

 なんでこんな一生懸命やっているのに、わかってくれないのかとか思っていないか、、、。
 
 一人一人の部員さんのことを思って、ご本尊に真剣に祈っているのか、、、。

 今の部の現状は自分の一念を反映した姿であり、鏡なんだ、、、。

 部員さんが活動するのが当たり前と思っていないか、、、。おまえの呼びかけに時間を作ってもらうことに感謝の想いを持って接しているか、、、」

 などなど厳しくも暖かい激励によって、組織を強くしたいということより、心の底から部員さんのために自分は何ができるのか、真剣に一人一人の部員さんを思い浮かべながら祈るようになりました、、、。

 統監すべての部員さんのところを壮婦の協力もいただき徹底して回り、悩みがあると聞けば自身の騙されて100日やってみたら体験(笑い)を語り、騙されたつもりで始めた高校中退した部員さんが発心し、通教で勉強をやり始め資格試験に合格し引きこもりから就職した姿から、あそこにもいってこっちにも激励にきてという、歓喜躍動の波動が広がり、数人の部活のメンバーだったのが、常時15人くらいは集まる組織に変わったいきました、、、。

 この私の経験から言えることは、異体同心で団結をと、いくらハッパを掛け訴えても人は踊らないし団結から遠ざかるだけでした、、、。

 矛盾する言い方かもしれませんが、リーダーの一人立つ精神が異体同心の団結を生むように私は思います、、、。

 先生が常に指導されてきた長の一念、リーダーの真剣さ、誠実さ、思いやり、、、そのことを学ばせていただいたことに感謝の想いでいっぱいです、、、。

 この原理は、家庭、職場、PTA活動、地域活動などのすべてに生かされております、、、。

 夫婦、親子の確執、職場の人間関係に行き詰まった時には、同じように相手のことを思い真剣にご本尊に祈ると、今までみえてこなかった相手の良いところが気付きます、自分のエゴが見えてきます、反省と感謝の想いが祈りの中から生まれてきます、、、。

 自身の奥底の一念が変わると状況が好転してくる体験を、私は多く積ませていただきました、、、。

 体験を語り出したら止まらないのでやめときますが、天ぱさんが感じるところは、組織の表面をみていると私も同じように感じております、、、。

 ただ自身の経験からすると先生の指導、創価学会の人間学は、表面だけではわからない奥が深い組織と言わざるを得ません、、、。

 確かに組織の煩わしさは今も感じている性分ではありますが、老若男女問わず関われる創価学会の組織は生きた人間学を学べる最高の道場とも思っております、、、。

 天ぱさんご自身は創価の組織風土に合わない柄とお思いでしょうが、悩みに行き詰まったときには、騙されたつもりで100日自分の見栄や外聞も捨てて実践してみる価値はあると思いますよ、、、。(笑い)

 もちろん同調圧力でも強要でもありませんから、、、。(笑い)

 そのあとから、大御本尊を求め宗門の空気を吸いに旅立つなら、喜んで応援したい気持ちを私は持っておりますよ、、、。

 

 

 

 

 

アイスティーさま

アイスティーさま
お声かけありがとうございます。

当たり前のことですが、
人は一面だけではないですからね。
もちろんわたしもそうです。
決して人のこと偉そうに批判できるような人間ではないです。
シニフィエさんのブログでのHNを隠したままここで批判するのも少し後ろめたい気持ちもあったので、思いがけず公表する形になってしまいましたが、よかったかなとおもってます。
ネットって
人を言い負かしてなんぼみたいなところがありますが、
それが、正しい主張であれ間違いであれ、
ネットで言い負かされたくらいでは、
人は考えを変えないし、
逆に
恨みをかうだけだったりします。
批判ばかりしすぎましたので、少し反省しています…。

ここは支部長さんのブログですので、アサヒさんへのコメントにあったアイスティーさんのブログの方へお邪魔させていただくかもしれません。
その時はよろしくお願いします!
ありがとうございます。

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プロフィール

創価鯛焼き君

Author:創価鯛焼き君
バリ活の学会員で支部長やってます


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